殿川綾女さん
徳島県勝浦郡上勝町は、徳島市内から車で約1時間半、四国山脈の南東にある人口1,500名の山里です。山林が9割を占め、標高100から700メートルの間に大小集落が点在し、主に柑橘類やお茶の栽培をしています。
殿川さんの庭先からは、谷の斜面に沿って広がる府殿の棚田の美しい景色が見えます。棚田の奥には屏風のように杉の山が連なり、まるで絵画のようです。
先ほど狭い急坂を登って来る時、車窓から見た足元に迫る崖への恐怖心から解放されました。
殿川家は檀家をかかえる寺だったこともある23代続く旧家で、阿波藩主蜂須賀家政公が山の検地などに入る折には、本陣として宿泊先とされていたそうです。
上勝町で生まれ育ち、伝来の製法でお茶を作り続ける殿川さんに、上勝茎茶について伺いました。
――道中、チャノキを見かけましたが、これが上勝茎茶になるんですよね?
殿川 そう、茎茶は阿波晩茶は葉っぱのところ取って、残った茎の部分ね。
私らは葉のお茶を飲むことがほとんどで、茎はあまり飲まないけど。
――茎茶を飲まずに余らせてしまうのですか?
殿川 そうねえ、欲しい人にあげたりな。
余ったらほかって(捨てて)しまうこともあるねぇ。
茎を好んで飲む人もおるけどねぇ。
――生産者さんにしてみれば「茎は余り物」なんですね。
ところで殿川さんのお宅ではいつ頃からどのようにチャノキを育てているのですか?
殿川 昔から山に自然に生えているからねぇ、わざわざ植えている訳じゃなくて。
手入れだって雑草を取るくらいはするけど、他はとくに何もしない。
中国から入ったチャノキを改良したものだと聞いたことはあるけどね、
私が生まれた時から山に自生しているから、詳しいことはわからんな。
――お茶作りについて伺います。茶摘みはいつ頃するのでしょう?
殿川 茶摘みの時期は、毎年決まっていて、夏の土用が過ぎたらやる。
これは昔から変わらない。私も教えられた通りにやってるの。
――夏の土用明けといえば、8月初旬の暑い盛りですね。他の生産者さんも土用が明けたら茶摘みをするのですか?
殿川 いや、土用明けはうちの場合。
他所の家はもう少し早かったり、遅かったり色々よ。
近所で助け合って茶摘みをするからね。順番もいつも決まっているし、茶摘みする人数もメンバーも同じ。
大体、うちあたりは茶摘みは女の仕事でね。みんなで喋りながらやってます。
お昼ご飯も外で食べて、1週間くらい朝8時から夕方5時まで茶摘みをして、一年分のお茶を作ってます。
――みんなでお喋りしながらの茶摘み、楽しそうですね!
殿川 いやぁ、、まぁねぇ、、、、笑 やっぱり大変よ、お茶摘みは!
暑いし忙しいし腰も痛くなるし。雨が降ってもやるからね。
軍手をはめて、茎ごとしごいて収穫するから重労働。
でも作らんと、自分のところで飲むお茶も無いし、うちのお茶を待っている人達もおるから。
お茶がないと困るから、みんなで助け合いながら、がんばってます。笑
――茶摘みが終わったら、いよいよお茶作りですね?
阿波晩茶は世界的にも珍しい乳酸菌で発酵されたお茶ということですが、どのような製法なのでしょうか。
殿川 お茶を摘んだら、釜茹でして、茶摺りをして、木桶に1ヶ月くらい漬け込む。
うちは大体8月末あたりくらいまで漬け込むかな。
茹で加減や、時間、葉の剃り具合や漬けこみ方の違いで、家によって味が変わるね。
うちの場合は昔から使っている木桶と重し用の石を使って漬け込んでいるけれど、
プラスチック桶の家もあるしな。
その家や道具に住み付いている菌によっても味が変わるみたい。
――その家独自の菌で、味わいが変わるんですね!
漬け込んだ時には何か匂いなどが出るのでしょうか?
殿川 匂いは特に無いけど、付け始めた翌日くらいには、
ボコン!ボコン!って泡が裂けるような大きい音が出るな。
大きな泡がプクプクと細かくなって、静かにな緑茶1ヶ月くらいたったら漬けこみ終わり。
そうしたら次は天日に干す。それがまた大変。
――干す作業も重労働なんでしょうね?
殿川 それもあるけど、お天気がな。
シートを敷いて、その上に桶から引き上げたお茶をほぐしながら広げて天日に干すんだけど、
絶対に雨に濡らしたらあかんから、山の雲と睨めっこよ。
なんだか降りそうだと思うと、お大師さんの(殿川さんの家の横にある山)の上が黒くなってくる。
そこが黒くなると10分後には必ず雨が降るので、急いでお茶を引き上げなくちゃならない。
だから天日干しの日は食事も外で済ませ、ずっと空の見張りをしています。干すのは大体1日〜1日半かな。
――暑い最中に山の上の雲の見張りをしなくてはいけないとは、大変ですね!
干し終わったら葉と茎の選別をして出来上がりですか?
殿川 いやいや、まだあって。
うちの場合は最後に夜露を取り入れるのよ。よその家はわからんけどな。
夜の8時から11時半くらいまで夜露にわざと当てると、
お茶がしっとり柔らかくなって、粉になりにくいし、味にまろみが出るの。
それをやったら後は茎と葉の選別をしてやっと出来上がり。
――想像以上に、大変な手間がかかっているんですね!
丹精込めて作ったお茶を、一年を通して飲み切って、また来年茶摘みを迎え、、
そうやって代々お茶づくりが受け継がれてきたんですね。大事なお茶ですね。
殿川 そうね、私らは朝昼晩、いつでも阿波晩茶を飲むから。朝起きてまず一杯飲むし、ご飯の時は必ず飲むし、
1日2リットルくらいは飲んでいるんじゃないかなぁ。
子供が学校に持って行く水筒の中もこのお茶だしね。
うちの孫はあまりジュースは飲まないで、冷たい晩茶がいいって言っているよ。
大人も、おやつの時はコーヒーや緑茶をたまに飲む事もあるけれど、それ以外はずっと阿波晩茶。
――阿波晩茶は花粉症やアレルギーにも効果があると伺いましたが、実感することはありますか?
殿川 どうなんだろうねぇ?アレルギーはわからんけど、殺菌効果があるから。
ガーゼにお茶を含ませて子供のあせもを拭いたり、赤ちゃんのオムツかぶれを拭いたりするのは昔からやっているな。
あとは、縁起のいい話ではないけれど、葬式の時に棺桶にお茶を敷き詰めて殺菌効果を利用するとかな。
そうやって飲む以外にも使うことはあるな。
でも、上勝町から町の方の学校の寮に入った孫が、花粉症になって帰ってきたから、
阿波晩茶がアレルギーに効果があるのかもわからんけどな。私は花粉症にはなっておらんしな。笑
――ちなみに私の場合、茎茶を飲んだ翌日は腸内がスッキリとお通じの具合がよくなると感じていますが、
殿川さんも実感されることはありますか?
殿川 えーーー別にぃ。笑 わからんな。意識したことない。笑
――最後に、上勝町での暮らしはいかがですか?
殿川 まあ、自然豊か。静か。水は美味しいよ。山からの水がとても美味しい。
と、みんな言ってくれるな。良いところですよ。
約1時間、お茶のことや上勝のお話しを聞かせてくださった殿川さん。
昔からの製法を守りながら愛情を込めてお茶づくりをされている様子が印象的でした。
日常に欠かすことのできない阿波晩茶には、上勝町の人々の生活や自然がそのまま漬け込まれいるようで、
素晴らしい手仕事のように感じました。
そんな大切な阿波晩茶の茎「上勝茎茶」。
ほかるなんて、とんでもない!茎茶も、葉茶に負けない旨味や爽やかな風味が味わえますし、いれ方も葉茶にくらべて簡単なんです。
代々受け継がれてきた大切なお茶を、上勝町の人と自然に思いを馳せながら、楽しみたいと思いました。
聞き手:早川綾